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ヨガと妊娠
2018.4.13 | 黒川ナミタ

ヨガと妊娠

1週間前に第3児を出産しました。愛する人達に囲まれてなんて幸せ!今日はヨガと妊娠というテーマで話します。このブログは私の経験を元に書いたもので数ある情報の中の一つとして読んで頂ければ幸いです。

多分妊娠中は沢山の不安や悩みが過ると思います。

「妊娠中にヨガの練習をしていいの?」

「ヨガは産後いつ始めていいの?」

「どのポーズが安全に練習できるの?」

妊娠中のヨガの練習について見ていきましょう。

 

最初に

人によって異なります!

中には妊娠中に切迫早産や絶対安静の恐れがある人もいれば、妊娠をしている事すら忘れてアクティブな人もいます。

 

医師の意見を得るのが安全です。ただ、私の経験から言うと、医師は必ず保守的な意見を伝える傾向があります。なので、自分が妊娠中に伴うリスクや絶対安静の恐れはあるかを確認して、なさそうでしたらヨガを練習してもいいと思います。

 

足を強く、肩周りを柔らかく!

体重が増加する中、体を自由に動かすのが難しくなってきます。初期から足腰を強くしておくと残りの妊娠期間が楽であったり、出産中は力みやすくなったりします。

 

肩周りも同じ。妊娠中期や後期に入ると背中に肉がついたり、胸が大きくなったりして、肩周りが動かしにくくなります。肩周りを柔らかくしておくと姿勢が良くなり、赤ちゃんの抱っこも楽になります。また、乳腺を刺激し、母乳の出もよくなると言われています。肩が中に入って、背中が丸まっているとネガティブな思考が働き産後鬱になるリスクがあります。 子育てをする中で大変な事も多いと思います。そう言う時にポジティブにいられるのが大事!肩周りの柔軟性や胸を開いた姿勢は確実にポジティブ思考に貢献します。

 

5つのおすすめアーサナとポイント

  1. ヴィアバドラアサナ I: 後ろ足を力強く!
  2. プラサーリタ・パードゥッターナ・アーサナ C: 内腿をしめて、腕を後ろに引っ張り肩関節にスペースを作る。
  3. アド ムカ シュヴァアサナ: 座骨を引き上げる。
  4. パリヴリッタ・マーラーサナ: 骨盤が真ん中で安定させる。
  5. ガルーダーサナ: 肩周りのストレッチを感じる為に肘を上げ、手を顔から話す。

 

安全性

母子が安全にヨガに取り組めるのが大事!

 

私のルールは:ずっとヨガを練習していれば、そのまま続けてオッケー!例えば、ヘッドスタンドを妊娠前に練習していれば、妊娠中も練習して大丈夫。妊娠してからヨガを初めて練習する方は自分の身体と相談しつつ、インストラクターの指導に基いて練習するといいです。

 

私自身はほとんどのアーサナを妊娠中も練習しておりました。だた、やっぱり、体型が変わるにつれてできないアーサナも出てきます。最後の1ヶ月は肩立ちをする際に胸とお腹が首や喉に落ちてきて、呼吸が難しくなったので、断念しました。練習中に難しかった場合は無理せず!産後に練習できます!

 

産後とヨガの再開

うーん。これは難しいトピックです。

 

私みたいは人でしたら、1週間も練習をしなかったら変な感じになります。産後2日後には軽いアーサナを再開しました。練習したのは、パスチモッターナサナ(前屈)、バタコナーサナ(合せき)と、スプタ・マッチェーンドラ・アーサナ(仰向けのねじり)です。そして、産後1週間で普段の練習を再開しました。

 

一般的には自然分娩の場合は1ヶ月後、帝王切開の場合は6−8週間後にアーサナの練習を再開してもいいと言われております。これも目安ですので、心配な方は医師との相談があるといいと思います。その間に呼吸法や瞑想を練習するいい機会だと思います!

 

最後に

一番大事:赤ちゃんとの時間も大切に!

 

Nami Yoga Studio のマネージャーとヨガインストラクター。
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ジヴァムクティヨガ マンスリーフォーカス 2018年4月
黒は光の真実の顔
タッデヴァ アルタマトラ ニルバシャム スヴァルーパ シュンヤミヴァ サマディヒ
ある選択によって決められた目的物から暗示される物事があったとしても、動かないように集中する力をつかえば、その目的物(集中の対象物)はおのずと光りを放つようになり、対象物との間に、乱されることのない同一感(一体感)がうまれる。
このトランス状態(恍惚)をサマディヒと呼び、または至高(天主・神)に等しいものという。 (PYSⅢ3)
シッディとはサンスクリット語の名詞で、多くの場合「力(パワー)」と翻訳されますが、もっと正確に言えば「達成」「到達」または「成功」という意味です。シッダとはつまり達成した人、成功した人をいうのです。ヨガスートラの3章(第3パーダ)のタイトルはヴィブーティ・パーダといい、シッディの獲得に焦点をあてたものになっています。二人のシッダマスターであるパタンジャリとニコラ・テスラとの間の会話を想像してみましょう。
パタンジャリ:物体が持つ反射能力と刺激を受動する感覚を一時的に止めるために、その形態上にサンヤマの実演を行うことで、観察する側の目と物体から放たれる光との間にある接触点が破られ、物体は目に見えないものになるのです。(脚注1)
テスラ:物質とは根源的で永遠なエネルギーから創出されており、そのエネルギーを私たちは光として認識しています。光は輝き、星となり、惑星となり、人となり、そして地球上のすべて、宇宙のすべてでもあるのです。物質とは光が無限の形態として表現されたものです、なぜならエネルギーはそれよりさらに古いものだからです。創成には4つの法則があります。第一の法則は、人を惑わすすべての根源、暗黒の構想は、マインド(精神)【*訳注:哲学上のmatter(物質) の反対語としてmind(精神)がある】には考えつかないものであり、数学では測れないものであるということです。その構想に宇宙(森羅万象)があてはまるのです。第2の法則は、それこそが光の本質なのですが、暗闇を広げること、説明のつかない事物から光への変質をとげることなのです。第3の法則はその光自身にとっては物質的な光になることが必要であるということです。第4の法則は、始まりも終わりもないということ、つまり前述した3つの法則が常に発生し創成は永遠に続くものであるということです。(脚注3)
パタンジャリ:この原則でさらに説明がつくのですが、音やそのほかの感覚刺激、味、触角、嗅覚、などのタンマトラへのサンヤマによってそれらの感覚を出現させたり、喪失させたりする力は、ほとんとが本質的に精神的(psychic)【訳注:物質的physicalの反対語として精神的psychicがある】なものなのです。(脚注2)
テスラ:私も光の一部であり、それは音楽でもあります。光は私の6つの感覚を満たすものなのです。「私」はものを見たり、聞いたり、感じて、匂って、触って、考えます。それを思考することが私の第6の感覚を意味するのです。光の小さな微粒子は紙に書き記された音符なのです。稲妻の一瞬の電光がソナタの全曲にもなり得るのです。そうすると稲妻が落とす一千の光球たちはひとつのコンサート(演奏会)ですね。(脚注3)
パタンジャリ:こうした力は、マインド(精神)が外向きであるときに精神を高揚させるし、心励みにもなるのですが、サマディヒには障害となります。(脚注4)
テスラ:知識はスペース(空間、宇宙)からもたらされます。私たちがものを見る力は、その最も完璧な組み合わせです。私たちにはものを見るための二つの目があります。世俗的な現世の目、そして精神的なスピリチュアルな目です。そして推奨されるべきはその二つの目が一つになることです。(脚注3)
ニコラ・テスラはヴィジョン(ものを見る力)ある人で現代における教養人でもあるわけですが、稲妻の電光や夕日が沈む色について家族と会話したことが彼に発明のひらめきを教えてくれた、と語っています。歴史上のパタンジャリについては、私たちはあまり多くは知りませんが、光と知識に対する絶え間ない探求心をもって、彼は文法学者となり、アーユルベーダ医師、そして哲学者となりました。こうした両者、パタンジャリとニコラ・テスラがいてくれたことで、私たちは完ぺきを発見したいという気持ちや、私たちの普遍的なアイデンティティを捉えたいという気持ちに駆り立てられるのです。
同じようにサンキャ哲学の学派開祖であるカピラの言葉も私たちを駆り立てる力をもっているわけですが、ヴァガヴァッダ・プラーナからのこの抜粋には、彼の母デヴァフィティに説示する場面があります。「エゴイズムは激情的な状態であると2種類の意識を作り出します、ひとつは知識を獲得しようとする意識、もうひとつは行動する意識です。行動の意識は活動的なエネルギー(プラーナ)によって、知識を獲得しようとする意識は知性(ブッディ)によって左右されるのです(脚注5)。 空間に存在する気の相互作用と、触覚で得られる刺激を使って、人は必然によって生まれたそれぞれ違う形態(姿・形)を手に入れます。そうしてうまれた形態(姿・形)が進化することにより火がうまれ、目は色彩を持った様々な形態(姿・形)を見ることになるのです(脚注6)。 愛するお母さん、形態(姿・形)の特徴はその規模、質、そして個性・特性によって理解されます。火の形態(姿・形)はその光輝・光彩によって認識されるのです。」(脚注7)
太陽こそが光の光源であり私たちのヴィジョン(ものを見る力)を可能にします。ヨギにとっての火・光はタパスであり、タパスは不浄なものを焼き尽くすもの、その残りの灰はヴィブーティ、つまり聖なる灰です。シッディはその黒い灰からまるで不死鳥フェニックスのようにタバスの火から立ち上る力です。パタンジャリは私たちに思い出させてくれるのです、シッディを獲得したことで、その成功の上にあぐらをかいて、自己満足に陥ってしまい、進歩をやめることになるのは危険なことである、と。
古代ギリシャでは、ローリエの冠(ラウルス・ノビリス、月桂冠)は勝利とステータスの証でした。アポロ神が絵画に描かれるときは、その頭にローリエの冠を載せていますが、言い伝えではローリエまたはベイリーフが美少女姿の精で知られるダフネからきていて、ダフネはアポロ神に追いかけられ、捕まえられるのを恐れて月桂樹に化した妖精といわれてます。したがってローリエ(ベイリーフ)も神聖な性質のものとされているのです。月桂冠をいただいた人というのは、そのローリエの葉を冠にして捧げられた人のことで、その人の功績を意味するものです。英語で”resting on one’s laurels”(月桂冠に座って安んじる)とはつまり、つかの間の成功に自己満足して、怠惰になってしまうことを意味しています。
私たちは決してパタンジャリやテスラを非難して、彼らが成功に安住しているなどということはできません。実際、歴史上でも突出した人のほとんどは、熱意をもって探求し、与えられた一日を、今あるその瞬間が持つ最大限の可能性をつかって完遂してきたのです、今あるこの瞬間と、これまでに起きた瞬間が作り出す勢いをうまくつなぎ合わせ、未来の可能性に向かって突き進んできたのです。これこそヨガ、行為/行動の完成/完遂なのです。
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