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OM
2018.10.14 | 黒川ナミタ

私の幼い頃とオーム

サウナの中で父が「オーム(OM)」を唱えていたのを鮮明に覚えています。父にはよく「一緒に唱えなさい」と言われていました。スカーサナ(安楽座)で座り、手でギャンムードラを作り、汗を流しながらOMを唱えていた父のその姿がシュールな感じで、私にとってこの光景は面白く、可笑しくてなかなか出来なかったです。もちろんたまに一緒に唱えた時もありましたが、意味がわからなかったのと、何の為に唱えているのかが不明だった為、疑問だらけでした。説明されたことはないまま、「試して見なさい、良いから。」か、そのようなニュアンスで言われました。

 

そして年月が経ち、17歳の時にヨガを始めました。クラスの始めにOM を唱えることがあり、他の生徒さんは遠慮気味だったところ、私は普通にその音を出していたのを覚えています。その音と振動が心地良く、落ち着きを取り戻してリフレッシュが出来ました。そこで、ふと小さい頃父とサウナの中で「いいから試して見なさい」という意味がやっとわかった気がしました。

 

 

OMはアルファベットの全て

OM(オウム)は3つの音に別れています。全世界に広がる存在という意味でもあります。A-U-Mと日本語で書くと「A=あ」、「U=う」、「M=ん」になります。「あ−う」が合体して「お」の音となり、省略され「おーん」が音的には「オーム(OM)」となります。

 

「あ」はサンスクリット語の最初の文字。日本語のあいうえおでも最初の文字!現在、わたしたちが今経験している、起きている世界を意味しています。

「う」サンスクリット語の中間の文字。夢の世界を意味します。

「ん」サンスクリット語の最後の文字。日本語のあいうえおでも最後の文字!夢のない眠りの状態を示しています。

オームの最後は無音。音で表現できない振動や余韻が最も自身の純粋意識に近いと言われています。

 

「あ」は口を開けて、口の前の部分を使って出す音。「う」は口の真ん中を使って出す音。「ん」は喉の奥から振動を使って出し、頭までその振動が広がります。そして最後は口を閉めて余韻を感じる。OMやAUMを唱えることによって人間が発声出来る音(サンスクリットのアルファベットの音)を全て出しています。

 

 

OMの意味は?

OMは色んな意味があると言われております。宇宙の音を再現したもので、NASAのウェブサイトにも地球の音がOMに近いという記載もあるとのことです。

 

先ほど紹介したように、3つの音でできているAUM。目覚め、夢、眠りの3つのステージを表現しています。また、過去、現在、未来を意味したり、ヒンドゥー教の神様、ブラフマー神(創造)、ヴィシュヌ神(維持)、そしてシヴァ神(破壊)の意味もあると言われております。

 

OMの全てを語る聖典『マーンドゥーキャ・ウパニシャッド』には、聖音オーム(プラナヴァ)に関する賛美が美しく記されています。「不滅のブラフマン(絶対実在・真理)であるオームという音節は、全世界そのものである。過去・現在・未来を超越するもの、それらはことごとくオームである。」と。完結にまとめると、OMは全ての意味を持ち、とても深い音です!

 

 

OMが分かったところで、どうすればいい?

OMの事を読んでもあまり効果はありません。

自分自身で体験しないと意味がない、とてもパワフルなもの。

「あああぁぁぁぉぉぉぉぉーーーーんんん」と唱え最後は無音で終わり、余韻を感じます。それを3回します。落ち着き、静寂で無音な状況を中から感じて下さい。

 

今だからやっと理解できた父との幼い頃のサウナの中の思い出。「とりあえず試して見なさい」と言われた事が心に残っていて、本当に感謝しています。OMの最大の効果は自分自身で体験しないと得られないもの、ヨガの練習と全く同じ!!

 

最近子供達にもその効果を伝えたく、寝る前にヨガのポーズを5個行い、最初と最後にOMを唱える習慣を作っています。今日、日中に嫌な事があって泣いていた娘に「大きく息を吸って、履いて。OMする?」と聞いたら、「うん」とあっさり答えてくれて、その効果を子供達も実感しているようです。

 

Nami Yoga Studio のマネージャーとヨガインストラクター。
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ストレスフリーを目指して
2018.9.16 | りなん

みなさんはどんなときにストレスを感じますか?

人間関係?仕事?

 

ストレスにもさまざまな種類があります。

物理的ストレス (天気 気温 匂い 騒音)

化学的ストレス (薬品 添加物)

生物的ストレス (過労 栄養不足 睡眠不足)

心理的ストレス (人間環境 性格)

 

このように日々の多方面からやってくるストレスと共に生きているわけです。

 

ですが、ストレスの中には良いストレスと悪いストレスがあり、良いストレスは何かを達成させるための原動力となる適度な刺激。悪いストレスというのはどんどん自分を追い詰めてしまうようなもの。人によって自分にとっての何が良いストレスで何が悪いストレスなのかは違っているのです。

 

同じストレスならば、良いストレスとして捉えていたいものですね!

悪いストレスは考え方や受け止め方で軽減させることができ、良いストレスとして転換させていくことができるのです。

 

そのための4つの項目を以下に挙げます。

  1. ストレスの原因を知る
  2. 溜め込まない
  3. 物事をポジティブに捉える習慣づけ
  4. 自分自身を許す勇気を持つこと

 

これらを実現させるためには日々の訓練が必要で、そのための練習はYogaを通して行うことができます。 Yogaではフィジカルだけでなく、メンタルも整えていくことができるのです。

 

ストレスのない環境に変えたいと思って外側の世界に変化を求めてしまいがちです。たとえ環境を変えられたとしてもその原因となるもの変えていかない限りはまた新しいトラブルが必ずやってくるのです。全ての物事の根本はいつも私たちの内側にあるということ。どんな心で物事を見るかということ。くもった眼鏡をかけていれば、世界はくもって見えるし、クリアな眼鏡をかけていれば真実を見ていくことができます。クリアな眼鏡(心)をもてるように日々一緒に練習しましょう!

 

9月からは毎週金曜日にRestorative Stretch というclassがはじまります。Restorativeとは「元の状態にもどす」という意味。慢性的ストレス状態から本来のバランスのとれた状態に戻るためのもの。その要素を含んだrelaxation classです。ぜひお越しくださいね!

 

3歳からクラシックバレエ、7歳から10年間新体操、大学4年間で舞踊学について学び様々なジャンルのダンスを経験しました。美容目的で始めたヨガはジヴァムクティヨガに出会い、ヨガの本質に少しずつ触れ「ヨガはただ体を動かすだけのものではない」ということを知りました。アーサナや哲学にはすべてのものがハッピーになっていくためのヒントがたくさん含まれています。ヨガのプラクティスで学んだことを「off the mat」にも生かせるようなレッスンができたらと思います。ヨガの人生は一生続きます。このヨガという素晴らしいメソッドを一緒に学び、平和の輪を広げていきましょう。
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ジヴァムクティヨガ マンスリーフォーカス 2018年8月

H2OM 水(エイチ・トゥー・オーム)

 

パットラム プシュパム パラム トーヤム

ヨーメ バクティーヤ プラヤチャティ

タダハム バクティー ユパリタム

アシュナミ プラヤタートマナハ

 

私への供え物であるならば何でも、そこに純粋な愛の心がこもってさえいれば、たとえ小さな葉っぱでも、一輪の花でも、一切れの果物でも、一口の水であっても、控えめな心の持ち主からの供え物を私は受け取るであろう。  バガヴァッド・ギータ 9・26

 

蛇口をひねって小さなグラスに水を汲む、というのが一か月間、私の毎日の日課でした。水はまだ茶色で、それは薄い紅茶のような茶色というよりむしろ、かき混ぜたら地面の水たまりみたくドロドロになるような濃い茶色でした。このごろはケープタウンの水源がほとんど空っぽで、カリフォルニアはいつものように干ばつ、そして我が家にも飲み水不足の危機が迫っています。ウッドストックの我が家では、自分たちの井戸があるのですが、その水が未処理でクリアであることを何年もの間あたりまえのことだと思ってきました。ヒートシステムや水のタンクが泥だらけになっている光景を目にして慌てた私は、ふと思ったのです、クリシュナは、こんな泥水になった私の供え物を受け取ってくれるだろうか。

 

バガヴァッド・ギータからのこの一節は、供え物の内容物自体はたいして重要ではなく、供えられるときの誠実な気持ちがより重要であると伝えています。けれど私は考えずにいられないのです、その「一口の」水とは、ほんとに飲める一口、という意味を含んでいるのか、と。そこで私は急いで雑貨屋さんに走り、大きなプラボトルに入った「鉱泉水」を買うことにしました。一本が3ドルでしたが、その3ドルとは何のコストだろうと考えました。この素敵なプラスティックボトルにかかったコストなのか、たしかにボトルには備え付けの取っ手も注ぎ口もついてるし。いや、それとも内容物である水そのものが高価なのだろうか、などと考えてしまいました。私たちはヨガを教えるためにこの何年もの間、多くの都市を訪ねてきましたが、そうした都市の多くは水不足という喫緊(きっきん)の課題に脅かされています、たとえばそれはバンガロール、北京、カイロ、モスクワ、イスタンブール、メキシコシティ、ロンドン、東京、そしてマイアミなどです。こうした場所のそれぞれで、私たちに提供されたのがプラボトルに入った「飲める」水でした。

 

それぞれの都市にそれぞれの有害因子(ストレスの元)はあるものだし、それを普遍的に解決する策を考えつくのは本当にできることではないものです。けれど確かに、人類が水資源をどう利用するのかについてそのパターン(あり方・傾向)を根本的に変えることは、いま現在求められていることなのです。水資源に対するこうした傾向は、私たちの深いところに根付いた考えなので、たとえばトイレの水を流すとか、水道をひねると水が出るとか、クリーンな水があるのは当たり前だとする社会風潮によって推し進められてきたものと言えるのです。地球はその70%が水であるというのに、そのうちたった2.5%だけが飲める水であり、そのうち1%だけが私たちの手に入る水なのです。十億人以上の人たちが十分にクリーンで安全な水を手に入れることができずに暮らしているのです。

 

動物を農業生産物の対象としている産業は、その水の利用のパターン(あり方)がおそらく最も水資源を深刻に無駄遣いしているといえます。たった一ポンドの牛肉を生産するために1800ガロンもの水が必要だし(脚注1)、それはポテトに換算すれば60ガロンで済むことであり、小麦にすれば一ポンド生産するのに108ガロンだけ必要とする計算なのです。しかし水の使用だけが問題ではありません、ここで注目すべきは、どうすれば安全な飲料水を保護できるのかということです。長大な人類の歴史の中で、私たちは水や空気という大事な要素について、まるでいつでも補充できるものとか、無料のものだとか、、決して汚染されないものなのだ、と考えているのと同じように、枯渇することのない無限のものと考えてきたのです。私たちの天然資源がその量を減らし、質が劣化してゆくものだと知ると、腐敗したエリート階級の人たちは、それを商機として商売をはじめ、生命維持に不可欠な資源を個人所有のものにしたり自分たちのものとして獲得しようとするけれど、本来こうした資源は、生命を維持するのに必要な要素なのであり、すべての人が自由に手に入れることのできるものであるべきなのです。

 

そういえば数年前ニューヨークシティーの街角に、ゲリラ的なアートポスターが張られ、そこには有名な人気のボトルウォーターの絵、でもその中身は水ではなく空気が入っている、というものが描かれていました。このポスターの言いたいことは、私たちが自分たちの貴重な天然資源に対して何らかの保護措置を講じ、資源の個人所有化から守らなければ、資源はいずれプラスチックの海に埋もれてしまうというものです。カリフォルニアでは、希少な水資源が、ザクロやアーモンドといった特権階級向けの嗜好品を生産するための畑に灌漑(かんがい)されているのです。

 

これこそ経済をベースにした食糧難です。サハラ以南のアフリカでは、人々は水汲みという肉体労働のために本来の高い能力を奪われ、水を原因にする病気に苦しみ、その弊害は特に女性や子供に及んでいます。ウォールストリートで富の再配分を訴えるため、1%の特権階級の貯えを再配分すべきだということについてデモをしている人たちがいますが、彼らの内いったい何人が自分たちのことを、わずが1%しか手に入れられないクリーンな水を無制限に使える恵まれた立場にいることを認識しているのでしょうか。彼らの内いったい何人が高価なプラボトルに入った水を飲んでいるのでしょうか。

 

私たちは頻繁にインドを旅しますし、最近は中国にも旅しましたが、そこで興味深い見解・考え方を得ることがありました。一つは、地球が抱えるべき能力を超えてまで人口が増えると何が起きるのか、かなり明らかにわかるということです。私たちの周辺あちこちで、人々が毎分、毎日、毎週をまさにサバイバルするためにお互いから奪いとるのに必死になっているのです。

 

地球の水は失われていく、その水は人の存在を維持するためのものだけれど。「家族の暮らしは存在し続ける、そしてみんながいずれ死ぬ、そしてそのとき誰一人として、そんなことを覚えている者はいなくなる」(脚注2)ヒンドゥーの経典によると、カリユガ(現代)は素早く手ひどい形で終わりを告げ、私たちが知るすべての姿の生き物がすべて払拭されてしまうそうです。ヨギとしての私たちの務めは、その間もずっと心の内にある静謐を維持して、ダルマへの貢献のため正しい行動を実行していくことです。この世界が破壊されたら、後に続くのは新しい世界の創造なのですから。サッチャユガ(黄金時代)のあとにはトレタユガ(徳の少ない時代、農業の出現)、そしてドェパラユガ(タマシックな、不満、病気)そのあと私たちの現代カリユガ(427000年続く嘘、偽善、汚染そして水不足)と続きます。カリユガである間は、支配者たちは非理性的になり、もはや精神性を推し進めることもなく自らの主体性を守ることもしません、つまり彼らは危険な存在になるのです。人々は水や食べ物のある国を求めて、移動して渡り歩くようになるでしょう。強欲な考えを持つようになり、怒りや殺害、物質的な富の獲得にいそしみ、肉欲があり、食料やドラッグへの中毒性を持つようになり、生きている者たちを対象物(動物、人)として扱うことが生きる上での中心的な側面となるでしょう。そしてわずかの幸運な少数だけが師と師の教えを尊敬して生きることになるでしょう。

 

良い知らせもあります、それはカリユガ最初の10000年で黄金時代があり、そのときヨガの実践はまだ地球上に存在し続けているということです。こんにちカリユガの5000年が過ぎており、ヨガの伝統という知識に恵まれる5000年が残されています。私たちにはまだ時間が残っています、苦しみという泥の水を鎮め、この地に平和をもたらすための時間が。

 

著 David Life    翻訳 Rei Miho Ueda    提出 Sami Araki

 

ジヴァムクティヨガ ウェブサイト: https://jivamuktiyoga.com/fotm/

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ヨガの目指すところ
2018.7.4 | りなん

ヨガで目指すところはどこでしょう。

誰よりも足を高く上げること?誰よりも長く逆立ちができること?誰よりも体が柔らかくなること?筋力アップすること?痩せること?

 

皆さんは何のためにヨガをしていますか?

 

私はよくクラス中で「アーサナと戦わないで」ということをお伝えしています。

 

人間はとてもエゴが強いので「このクラスで一番きれいなポーズをとりたい」という気持ちが出てきがちです。

 

その根深いエゴを手放していく練習でもあるのです。

 

サントシャ

今回は八支則(悟りに至るための8つの段階)の中のニヤマ(自分がするべきこと)のさらに中に分類されているサント―シャについてお話ししたいと思います。

 

サント―シャというのはサンスクリット語で「満足」を意味しています。皆さんは今に満足することはできていますか?私たち人間は無常に足りていないものに目を向けると辛いですよね。

 

世界の誰もが知っていて私たちから見るとすべての物を何でも持っているように見える有名な人でも何かに苦しめられてドラックに走ったり、自殺に及んだりしています。

 

人というのはなかなか満足した状態を継続させるのは難しいのです。

 

例えばとても素敵な洋服や素敵な時計を見て、それらを手に入れたいと思ったとします。高価なものだったので一生懸命働いて貯金をし、ようやく買うことのできたそれら。

最初は手に入ったことがうれしくてそれらをとっても大切に扱います。

また少し時が経ってショップの前を歩いていたらまた新しいものに目が入ってきて、またそれを自分のものにしたいと強く思うのです。

こんなようなことは誰もが経験したことがあるのではないでしょうか。

 

このように人間は満足した状態を継続させることがとても苦手な動物なのです。

 

麝香鹿のお話し

ある麝香鹿のお話があります。

ある鹿がどこからか香るいい香りを追い、探し求めていました。たくさん歩きまわりいい香りを放っている場所はどこなのかと探しましたが、どこを探してもその香りのもとにはたどり着けませんでした。でもあるときその鹿は気づいたのです。その香りは自分自身から放っていたということを。

 

このように私たちも目まぐるしく変化する外の世界にばかりに目を向けていて、本当に大切なものは自分の中にあるということを忘れてしまっているのです。

 

ヨガを通して

でも私たちが練習しているハタヨガ(身体を使って修練していくヨガ)ではこの満足している状態を継続させるための練習もすることができるのです。

 

ですのでポーズは完璧じゃなくていい。まずヨガを練習できる環境に自分がいることにひとつ感謝をし満足してみる。アーサナに完成形まではいけなかったけどでも、投げ出さずにそれに一生懸命に立ち向かってみた自分をほめて認めてあげる。呼吸に集中し、自分自身に意識を向けてみる。

 

ヨガを教える立場になった私も、まだまだ人をうらやましく思ったり、足りてないものにばかり意識が向いてしまったりします。ヨガは一生をかけて修練する必要がありますね。

 

常に満足した状態を保ち続けることはなかなか難しいですが、少しでも満たされていることに気がつく時間が増えていくと良いなぁと思います。

 

ぜひアーサナだけにとらわれず、生活の中でもヨガを行ってみてくださいね。

3歳からクラシックバレエ、7歳から10年間新体操、大学4年間で舞踊学について学び様々なジャンルのダンスを経験しました。美容目的で始めたヨガはジヴァムクティヨガに出会い、ヨガの本質に少しずつ触れ「ヨガはただ体を動かすだけのものではない」ということを知りました。アーサナや哲学にはすべてのものがハッピーになっていくためのヒントがたくさん含まれています。ヨガのプラクティスで学んだことを「off the mat」にも生かせるようなレッスンができたらと思います。ヨガの人生は一生続きます。このヨガという素晴らしいメソッドを一緒に学び、平和の輪を広げていきましょう。
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